SDGsブームとともに、日本スポーツ界でもよく耳にするようになった「SROI」は、Social Return on Investment の略で、「社会的投資収益率」と訳される社会的インパクトを数値化するための手法です。最近「SROIってどれくらい有効なんですか?」というご質問を頂く機会が増えてきたので、私の見解について書いてみたいと思います。
実は、私はこのSROIが日本に入ってきた時に、最初のワークショップに参加していました。もう10年以上前の話で、当時の日本の大企業のCSRリーダーの方々や専門家の方、十数名が参加した小さなセッションでしたが、クオリティの高いネットワーキングの場になりました。当時、参加費がたしか2日間で7~8万くらいしたように記憶していますが、私はロンドン出張のついでにこの研修を受けようとしていた矢先に日本で開催されることを知って参加することになったので、旅費が多少浮いて割安感もありました。
研修では、SROIの理論とフレームワークを学ぶとともに、実際にそのフレームワークを使ってインパクト計測をするワークショップも含まれていました。海外のNGOの活動をケーススタディとして使い、ひとつひとつの手続きをチームで進めていくものでした。(今は日本語の教科書もできていたりするのでしょうか?)
内容としては、大変有意義なものでしたが、結果として、私が感じたことは、「結局は主観」ということでした。手法を学んだ方ならご理解されていると思いますが、SROIでは、例えば極端な話、プロジェクトで生み出した価値として「笑顔」を挙げ、その笑顔の値段をつける、という作業をします。もちろん、市場価格などを参考にするなどして、もう少し値段がつけやすく客観性の高い項目もあるのですが、要はアバウトであることに変わりはなく、緻密な正確さを表現するものではない、ということです。
でも、例えば、「このプロジェクトは、年間で100万程度の社会的価値を生み出したと言える」という風に、(あくまで推定値で)創出した社会的価値を”だいたいの”数字で伝えることは可能ですので、そういった活用方法はあると思います。
ただ、私が少し懸念しているのは、日本スポーツ界での使われ方を見ていると、その数値への依存性が過度に高いことです。あたかも、推定値が、何か確証のある数字のように語られているのを見聞きする時には、違和感も覚えます。
現場ではスマートな方々が、その点に懐疑心を抱き始めているという状況は安心要素ですが、私は「SROIはどれくらい有効なんですか?」という質問をされた時には、いつもこう答えています。
「SROIは使い方が重要。使ってもいいけど、依存してはダメ。」
私はインパクト計測が専門ではないので、詳しい手法については専門の方にご確認頂きたいのですが、具体的には、「このプロジェクトはこのくらいの社会的価値がある」という推定値で語ることはできますが、プロジェクトAとプロジェクトBを比較して、こちらの方が社会的価値を多く生み出している、ということを断定するものではない、と理解しています(全く同じ形式のプロジェクトが創出した社会的価値を拠点ごとに比べる際に、全く同じ計測項目で、全く同じ指標で計算する場合は可能です)。
そもそもは、英国で開発されたもので、キャメロン政権が「小さな政府」を目指す政策の一環として、政府のタスクをNPOに委託する際のNPOの業務遂行能力と実施されているプロジェクトの社会的価値を簡易的に検証することを目的としたツールですので、ブームとはいえ、その点をまず理解しておく必要があると思います。
社会的インパクトを計測するツールは他にもいくつかありますから(ハーバードのインパクト計測専門家の知人は、SROIは今やインパクト計測の主要ツールではない、と言い切っていました)、社会的価値の数値化は、いくつかのツールを複合的に使って進めていくのが正解です。
ただ、ひとつのツールで計測するだけでも大変ですから、その労力をCO2排出量計測に投資した方が、社会的信用を得るためのコスパはよいのでは、と思います。社会的価値の数値化もそれなりの意義はあるとは思いますが、社会的責任活動をきちんと実践することでブランドの信頼を高めることができて初めて、相乗効果を発揮するものだと思います。
またご質問があれば、お気軽にお問合せください。