昨年度はお休みしていたSSRブログを再開します。いつもお読み頂いている皆様、ありがとうございます。またご感想などお寄せください。
まず復帰第一戦は、昨年5月に、「日経SDGsフォーラム」にパネル登壇させて頂いた際にも話題になったトピックについて、私の個人的な見解を共有できればと思います。
皆さんもご存じの通り、日本スポーツ界は、ここ数年 ”SDGsブーム” で、どのクラブも公式サイトにSDGsマークを貼り、活動にご尽力されています。これは素晴らしいことで、是非今後も多くのクラブに(「やり方」にご留意頂き)地域社会のための活動を実践していただきたいと思っています。
一方、欧米のプロスポーツを見渡すと、実はそれほどSDGsロゴを見かけることはありません。私は「スポーツの社会的責任」を専門としていますので、もちろん社会課題への対応に関連した国際フォーラムやサミットによく参加しますが、欧米のトップクラブから「SDGs」という言葉を聞くことは、実はほとんどありません。
この状況に対し、その理由についてよくご質問を頂きますので、日経フォーラムでは簡単にお答えした内容にプラスして、こちらにも改めて記録しておきたいと思います。
理由1:SDGsは「後付け」のフレームワーク
欧米のプロスポーツクラブがSDGsを絶叫しない理由、それはズバリ、彼らにとってSDGsは“後付け”の枠組みだからです。
皆さんもよくご存じの通り、欧米のプロスポーツクラブは、社会的責任(社会貢献)活動を長年精力的に実施してきました。しかも、各地域と真摯に向き合い(とくに米国ではかなりのマーケットデータを取得し)、自社が事業を営む地域の課題は何か、スポーツの力を最大限に活用して実施すべき活動は何か、について、深く理解しており実績もあります。ですので、SDGsのゴール番号のような「選択肢」の提示がなくても、地域社会にとって重要な「コーズ(気候変動、貧困、女性活躍支援などの社会課題の名称))」に注力し粛々と実施できるのです。この点、まずSDGsのメニューを見て、「どれにしようかな?」「やりやすそうなのはどれかな?」という発想から入る日本との違いがあると思います。
わかりやすい例えになるかわかりませんが、欧米のプロスポーツクラブにとっては、SDGsはある意味、自転車の補助輪のようなもの、ということもできるかもしれません。社会的責任(社会貢献)活動をこれから始めるクラブにとっては、活動を実践するのにとても便利なツールとして機能し、それがあるから“感覚を覚えて前に進む“ことが容易になります。一方、すでに(「社会的責任活動」実践という)自転車に乗れる欧米のクラブは、それがなくても、これまで通り有意義な活動を推進できるのです。SDGsマークを使用せずに、SDGsに貢献できてしまう、というわけです。これは、歴史のあるクラブだからできること、ともいえると思います。
理由2:米国の背景
もうひとつ、これはとくに米国についての話になりますが、「国連」との関係性や国連ブランドの認識度による要因もあると考えられると思います。
日本で「国連」というと、世界を統括しているトップ機関であり、信用のある組織、というイメージを持たれる方が多いのではと思います。一方、米国はというと、自国が元世界警察の機能を果たしていた歴史もあいまってか、国連について日本ほどのクレジットはなく、トランプ政権下では、世界のすべての国が地球の温度上昇を産業革命前の2度上昇以内に抑えると合意したパリ協定を一度脱退しています(バイデン政権で復帰)。大げさに言えば、「国連より米国」と思っている人もいるので、「国連がつくったSDGs」に対して(本当はボトムアップのアプローチでつくられたものですがそう見えてしまう)、信仰的な貢献心がわかない人も少なからずいる、というのが実態ではないでしょうか。
もちろん、プロスポーツに従事するプロフェッショナルは、SDGsについての認識はありますが、このような歴史的、政治的、文化的な背景から、訴求するなら、新たに出てきたSDGsではなく、自社がこれまで継続してきた実績ある地域課題のコーズを訴求しているのです(注力課題も社会の進化により変えます)。
欧州はまた少し文化が違い、ジュネーブに本部を置くIOCは「スポーツ気候行動枠組み」を初め国連とも連携しているため、SDGsの推進を公式サイトで掲げ、かなり細かく分析し対応した計画を立てています。(米国のトップクラブも、SDGsをほとんど訴求しませんがSDG13達成のために国連の枠組みに多数参画しています。)
余談になりますが、日本ではよく「欧米」とひとまとめにされることが多いですが、それが便利なことも多い一方、このように「欧」と「米」は政治的・文化的背景がかなり違いますので、コンテクストに応じて、解像度を調整するのが適切だと思います。
重要な点は、「SDGs」については、どちらもそれを目的化せず、手段として認識していること、そして、SDGsマークを使っても使わなくても、プロスポーツクラブには、地域社会の課題解決に貢献し「社会的責任」を果たす責務がある、ということです。次のコラムでは、日本スポーツ界はこのままでいいのか、SDGsとの向き合い方など次のステップについてお伝えできればと思います。
文:梶川三枝